昨日、阿波高校に勤めていたときの教え子、
多田豊くん(プリズム建築設計室)と納田千恵子さん(lechie web design office)
の結婚式がありました。

人前式という形で行われ、私が司式を務めました。
多田豊くんは1997(平成9)年後期の生徒会長を務められ(当時1年生)、
そのとき多田くんからの依頼で、
予餞会(卒業式前に行われる3年生とのお別れ会)に
生徒会主催で行われていた「思い出のスライド上映」の一部、
「離任された旧担任の先生からのメッセージ」を動画にしたいということで、
ビデオ編集を指導することになりました。
生徒会の皆さんとの共同作業はとても楽しく、
また本番でもビデオ上映は大好評で、
これが全編ビデオだったらすばらしいだろうなあ...と、当時としては夢のような話を
多田くんやスタッフの皆さんと話したものでした。
それが次年度、「特色ある学校作り」の一環として
県教委主催で「県立学校教育文化推進事業」が実施されることとなり、
阿波高校独自の事業として「学校生活を活性化させるビデオ作品の制作・鑑賞」を、
多田くんはじめ生徒会の皆さんと共に提案してみると、それが通って実現する運びとなりました。
生徒会の一組織として「ビデオ作品制作実行委員会」を設け、
多田くんはその第一代実行委員長に就任することとなりました。

当時の委員会メンバー 中央が多田くん
その作品として制作された「学校紹介VTR」は地域の中学校で紹介されて大好評となり、
次年度の阿波高志望者が急増し、うれしい悲鳴を上げる、ということもありました。
短編創作ドラマも制作されて、これも好評を博しましたが、
なんといってもメインの大事業は「予餞会VTR」、2時間にも及ぶ大作の制作です。
本番は1999年1月29日だったのですが、
12月~1月は連日、夜遅くまでの作業が続きました。
制作のための委員会の合宿も数回行われましたし、
私は全部で7日泊まり込みをするという、凄まじい作業でした。
本番は、3年間の学校生活のすばらしさを感動と共に再確認する機会ともなって、
大、大、大好評でした。

1999年1月29日 予餞会VTR上映前

実行委員長挨拶
(以後転任するまで私はトータルで7回制作、
後任の美術の先生が引き継いでくれて今も続いていると聞きます。)
そんな大きなことを、数々の困難を乗り越えて共に達成する中で絆は深められ、
多田くんとはいわば戦友のようなものです。
阿波高卒業後は建築の勉強をされ、
日本大学大学院博士課程修了後は
町づくりコンサルタントとして大活躍されていましたが、
帰省のたびに私のアトリエを訪ねてくれていました。
さて、納田千恵子さんは2000(平成12)年、阿波高校に入学されました。
すぐに美術部に入部、後に副部長にもなりましたが、
そのユニークなセンスゆえに注目される人でした。
2000年秋に京都で開催された近畿高等学校総合文化祭には
徳島県代表として想像画を出品され、私が引率して共に京都に行った思い出もあります。

2002(平成14年)年 美術部 (左から3人目が納田さん 手をかけているのがその作品)
卒業後は大分県立芸術文化短期大学デザイン専攻科に進まれましたが、
2005(平成17)年末に私のアトリエを訪ねてくれて以来、
頻繁にお付き合いするようになりました。
卒業制作の課題として私のホームページギャラリーを制作してくれましたし、
卒業後、プロのウェブデザイナーとなってからも、
2008(平成20)年にホームページを今のような形に整えてくれました。
多田くんと納田さんは学年が3つ離れているため、
阿波高校時代に同じときを過ごすことはありませんでしたが、
昨年6月に徳島県立文学書道館の企画で開かれた私の展覧会の展示解説に、
多田くんは東京から、納田さんは高松から応援に駆けつけてくれたとき、
お二人は出会いました。

2010年6月5日 展示解説の日(お二人出会いの日)の夜
右から3人目、ピースをしているのが多田くん、左から2人目が納田さん
「千恵子と家族とふるさとを護りたい」
というのが多田くんの千恵子さんへのプロポーズの言葉だったといいます。
3月の震災後、
被災地の復興を建築家として第一の使命ととらえた多田くんは、
懸命に仕事に取り組んでいました。
そんな中帰省した際、
千恵子さんに自身の命の無事を心から喜ばれたとき、
何か大いなるものに許されたような感じがした...と、
披露宴の最後の挨拶で涙ながらに話されました。
それが上のプロポーズの言葉につながり、
ふるさとに帰る決意につながったのだと...。
号泣に近い、その涙に私は打たれました。
大いなる何か、そしてその涙を流させる元の力である何か...
それが「心のふるさと」であると思います。
それは空間的なものでも物理的なものでもない、
真に普遍的なもの、永遠なるものです。
運命に導かれ、空間的な「ふるさと」に帰った多田くん。
できるならば被災地に駆けつけて復興の力になりたいという気持ちは、
たくさんの人が持っておられることと思います。
でも、空間的な場所は違えど、どこにいても、
すべてのものをつなぐ「心のふるさと」のために尽くすことはできる...
それこそが、巡り巡って、被災地の方々のために尽くすことになる...
そんな生き方があってもいいと思います。
空間的な意味でもそうですが、
本当の「ふるさと」に帰ってくれた多田くんに、
心から「おかえり」と言いたいと思います。

千恵子さんと共に、新たな命のふるさとになって行かれることを
心からお祈り申し上げます。
結婚式のしめくくりには「アメイジング・グレイス」を合唱しました。
「驚くべき神の恩寵」と訳されたりしますが、
「心のふるさと」のすばらしさを歌った曲で、
お二人の結婚式にふさわしい曲であると思い、選曲しました。
歌詞の日本語訳は、私の妻・さなえが、原曲の趣旨を汲み取りながら、
歌いやすいものとなるよう工夫しつつ作詞しました。
(よろしければこのことについて書かれた妻のブログもご覧ください。)

ところで、そんなお二人から
式場の玄関を飾る絵のリクエストがありました。

題名は「ふるさとの川辺」。
お二人のふるさと・上板町が一望できる、
からすのえんどう咲く春の吉野川南岸で
お二人がいるところです。
ちなみに上記プロポーズは、この場所で行われたということで、
お二人にとっての原風景と言えるかもしれません。

私にとって最も強いつながりがある教え子同士が結婚することになり、
私も大きな喜びを感じています。