セロ弾きのゴーシュⅠ
立体作品の構想図として描き始めたもので、
そのまま描き進めてひとつの絵になりました。
物語の一場面ではなく、
「その後のゴーシュ」がこんなだったらいいな、
というような図になっています。
邪険に扱ったけれども、
実は自分を助けてくれていた動物たちと、
再び合奏をしているゴーシュです。
動物たちが与えてくれたインスピレーションのおかげか、
ゴーシュの顔もずいぶん穏やかになっています。
- 1992~1993
- 水彩,クレヨン,色鉛筆・紙
- 36.3×25.7 cm
立体作品の構想図として描き始めたもので、
そのまま描き進めてひとつの絵になりました。
物語の一場面ではなく、
「その後のゴーシュ」がこんなだったらいいな、
というような図になっています。
邪険に扱ったけれども、
実は自分を助けてくれていた動物たちと、
再び合奏をしているゴーシュです。
動物たちが与えてくれたインスピレーションのおかげか、
ゴーシュの顔もずいぶん穏やかになっています。

夜中に目覚めて急に描きたくなって描き始めた絵です。
「ポラーノの広場」に触発されて浮かんできたイメージです。

「風の又三郎」も私の好きなテーマのひとつです。
私の内なる「自然」と「少年」が融合したようなイメージを、
そこに重ねているのかもしれません。

1991年の冬、
初めて宮沢賢治の故郷、花巻を訪れたときの思い出です。
彼が理想の社会実現のために始めた
農民のコミュニティー「羅須地人協会」の拠点となった、
宮沢家の別宅跡地です。

「どんぐりと山猫」の一場面。
…山猫から招待状をもらった一郎が辿り着いた、
山奥に開けた「黄金いろの草地」。
そこに忽然とあらわれた山猫の馬車別当です。
この「おかしな形の男」は、
常にあらゆる人やもの、
自然の背後に隠れている存在からの使者
とも言えるのではないでしょうか。

羅須地人協会跡に立つポールに書かれていたこの言葉
(宮沢賢治著「農民芸術概論綱要」の中の言葉)
に触発されて出てきたイメージです。

この作品の家の部分は、
私の生まれ育った家が老朽化して
やむなく建て替えざるをえなくなったとき、
古い家の外壁を一部剥がして置いておいたもので作りました。
なつかしさを感じられるような空間の表現を、
絵という平面の中だけでなく、
このような立体作品に、
そして建築物や庭、公共施設や町へと広げていけたら…
と思っています。
