八木和彦 Gallery

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2011年 作品

  • 宣教師
  • 徳島教会旧聖堂にて
  • 諏訪神社前
  • 夕方の国道
  • サーカスへ
  • 眉山の夜桜
  • 猿ケ石川 花巻・安野橋より Ⅰ
  • 九月の坂道
  • 夏の朝
  • 帰る
  • 子守歌
  • 追憶の道
  • 晩夏の雲
  • たこあげ

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宣教師

オブレート会(聖母献身修道会)のシルバー神父様が1957年に撮られた写真を元に描きました。
私が生まれてすぐ、幼児洗礼を授けてくれたロビタイ神父様が自転車で行く姿です。
左側の絵の場所は徳島市八万町弐丈、文化の森駅南、園瀬川土手の踏切あたりです。
(当時踏切はなかったみたいです。右側の絵もたぶんその近くでしょう。)
現地で確認もしましたが、今は歩道なく車がビュンビュン通る道になっていて、
そこを歩くのは危ない感じでした。
2010年11月25日~28日の第59回ベニウズ展に出品しましたが、
それからまた手を加えて、2011年6月1日~11日の高宮画廊での個展に出品、
今はカトリック伊丹教会司祭館に置いていただいています。

  • 2010~2011
  • 水彩,パステル,色鉛筆・紙
  • 23.8×26.9 cm(2点とも)

宣教師

徳島教会旧聖堂にて

私の大学時代の親友N氏とU氏が美術の先生をしている
共立女子学園(東京都千代田区一ツ橋)が、
2010年6月19日~12月18日に
「鳴門の画家たち展 -ベニウズの三人-」という
企画展を開いてくださいました。
(於 共立女子学園図書館1階展示室)
ベニウズの三人というのは、
私の師、津田季穂(1899~1981)、
ベニウズ創立メンバーの一人であり、
長年共立女子中学校で美術教師として勤められた
私の兄弟子、今井貞貴氏(1929~1988)と
私(1959~)です。
N氏とU氏から「三人展だから三人の絵を」というリクエストがあり、
三人にとって共通の場所である徳島カトリック教会の旧聖堂に
三人がいる絵を描きました。
会期中、9月7日に一旦仕上げて展示しましたが、
展覧会後に手を加えて2011年6月の高宮画廊での展覧会に出品した後、
共立女子学園に置いていただいています。

  • 2010~2011
  • 水彩,パステル,色鉛筆・紙
  • 18.3×23.1 cm

徳島教会旧聖堂にて

諏訪神社前

2010年の秋には
「ふるさとカーニバル 阿波の狸まつり」のイベントの一つである
狸の「祠めぐり」に出かけました。
自転車に乗れるようになって間もない二男(当時小2)といっしょに
自転車で巡ったこともいい思い出となりました。
これは10月17日、その帰り道の風景です。

  • 2010~2011
  • パステル・紙
  • 23.7×26.9 cm

諏訪神社前

夕方の国道

これも2010年10月17日の思い出です。

  • 2010~2011
  • パステル・紙
  • 16.4×22.8 cm

夕方の国道

サーカスへ

2010年2月7日の思い出です。

私にとっての「ふるさと」とは、
ときには親しい、大切な人々を照らす日の光であり、
またその人たちの後ろ姿です。
そして、サーカスに向かう人々の
楽しげなわくわくした気持ちを通して、
私の心の扉をノックしてくれるものでもあります。

  • 2010~2011
  • パステル,水彩・紙
  • 23.9×26.9 cm

サーカスへ

眉山の夜桜

描きかけて、長年おいていたものを、
この年に仕上げることができました。

  • 1995~2011
  • 水彩,パステル,色鉛筆・紙
  • 36.3×51.4 cm(B3)

眉山の夜桜

猿ケ石川 花巻・安野橋より Ⅰ

2010年7月12日の夕方、
宮沢賢治記念館、イーハトーブ館、童話村から、
徒歩で花巻市街地に向かう途上、
猿ケ石川にかかる安野橋から見た風景です。

  • 2010~2011
  • パステル・紙
  • 18.2×51.6 cm

猿ケ石川 花巻・安野橋より Ⅰ

九月の坂道

2009年9月21日、
蔵本駅北の道です。

  • 2009~2011
  • クレヨン,水彩・紙
  • 23.9×11.3 cm

九月の坂道

夏の朝

2010年12月12日、
横須賀で小学校の先生をされている高松尚輝さん(阿波高校OB)から、
徳島の原風景を描いてほしいというというお申し出をいただきました。
横須賀で仕事を続けていく決意をして新居を購入されたけれども、
故郷・徳島を愛するお気持ちに変わりはなく、
徳島の風景を描いた私の作品を飾って心の拠り所としたい、ということです。
ご自身の最もなつかしく思われる場所を描かせていただくというのはいかがでしょうか、
という提案をさせていただくと、とても喜んでくださり、
早速2枚の写真を送ってくださいました。
ひとつはご実家の庭から南の方を眺めた風景。
この道にはどこか遠くの世界に通じる印象があったのだそうです。
もうひとつは逆にご実家の方を望んだ風景。
通学距離が長かった小学校からの帰り道、やっとほっとすることができた、
ご自分の家が見えるようになったあたりの景色です。
実際にその場所をご案内いただき、
2つとも描かせていただくことになり、
6月末に一つの作品を完成させることができました。
シンガーソングライターでもある高松さんは、
とても喜んでくださって、絵と同じ題名の歌を作ってくださいました。

夏の朝

風薫る 雲の峰 蝉時雨 陽炎
朝曇り 時津風 草いきれ 夏木立
緑燃ゆ 夏の朝 流れてく 雲に
向かって 歩いてく 僕のことみんなが見つめてる
あの道を僕はどれだけ眺めていたんだろう
曲がりくねったその先に見果てぬ夢を描いて
たどり着いたこの場所で根を下ろすことにした
そんな僕が築いたのは小さな白い家

風死して 炎天下 雨乞えば 夕立
夕凪 夕焼け 短夜 空には天の川
厳しかり 夏の日は 喜雨さえも気休め
それもまた 夏ゆえに 打ち水 風鈴 走馬燈
あの道に僕はどれだけ包まれていたんだろう
白い家に届けられた一枚の「夏の朝」
いつも自分の思い通り生きられるはずはない
そんなとき支えてくれる いつも一緒「夏の朝」

あの道は今の僕の原風景(みなもと)と呼べるだろう
溢れんばかりの思いを光と色に詰め込んで
これからまた歩いてく 新たな道へ踏み出して
半夏生 白い家 夏の朝・・・

  • 2011
  • 油彩・キャンバス
  • 31.8×41.0 cm(F6)

夏の朝

帰る

高松尚輝さんからの依頼で制作したもうひとつの作品です。
2011年8月11日完成。
お盆休みで帰省されていた高松さんは、
8月14日に、お母様、お姉様といっしょに受け取りに来てくださいました。
ご自身で作られた曲「夏の朝」の生演奏も聴かせてくださったのですが、
そのとき、高松さんが小学生の時に亡くなられたお父様が、
演奏される高松さんの肩の上に手を置いておられる姿が見え(感じられ)、
こみあげてくるものがありました。
ほんとうにやりがいのある仕事をさせていただいたことに感謝です。

この作品と同名の曲も作ってくださいました。

帰る~こころのふるさとへ~

「今」という時間は いつから「過去」に変わる?
幼い日の記憶は やはり「過去」のものですか?
あのときの「今」があり 今の自分があるなら
「過去」も「今」も同じ それは「永遠」と呼べるでしょう
帰ろう 帰ろう それぞれの胸の中にある
帰ろう 帰ろう こころのふるさとへ

「今」という時間は これからどこへ向かう?
夢を描いている 「その日」はいつ訪れますか?
来たるべき「その日」を 胸を張って迎えるため
僕は「今」を生きる なつかしきものを支えにして
帰ろう 帰ろう それぞれの胸の中にある
帰ろう 帰ろう こころのふるさとへ

帰ろう 帰ろう こころのふるさとへ
帰ろう 帰ろう いつでも、今すぐにでも

  • 2011
  • 油彩・キャンバス
  • 24.2×33.3 cm(F4)

帰る

子守歌

2011年6月の高宮画廊での展覧会では、
我が師・津田季穂を心から敬愛されているSさん(兵庫県在住)に
多大なご助力をいただきましたが、
そのSさんから「聖母像」(立体作品)制作のご注文をいただきました。
それほど場所をとらないもの、という以外、
どのような像にするかはすべて私にお任せくださったのですが、
神々しい姿よりも母性の象徴とも言えるような聖母像を作りたいと思いました。
神的愛は無限の深さがあり、
私たちには計り知れないものだと思いますが、
私たちが感覚的に、あるいは体験的にとらえやすいのは、
親が子に向ける愛の姿ではないでしょうか。
具体的な形にするなら、
それは権威ある姿などではなく、
この世的には貧しく力もない母親が、
その愛し子を全身全霊で慈しむ姿にしたいと思いました。
9月13日に完成、
10㎝ほどの深さのある額縁入りで、
背景は何故か夕暮れ時の空になりました。
この世での生を終えてあちらの世界に帰って行くとき、
私たちの魂はこのように神的愛に迎えられるのではないか、
などと想像しながら作りました。
否、実は私たちは、今もこのように、
大いなるものに抱かれているのかもしれません。
立体で表現した、ひとつの「原風景」です。

  • 2011
  • 石塑粘土・油彩による着色,LED電球

子守歌

追憶の道

描き始めたのは2010年9月ですが、2011年10月頃仕上げました。
私は、なつかしさを感じさせるものに惹かれ、そのようなものを描いてきましたし、
この作品もそのうちのひとつとは言えるのですが、
過去の景色を描いたものではなく、この風景は今もこのとおり実在します。
(JR蔵本駅東踏切付近の風景です。)
道行く自転車の人は、
過去の記憶に照らし合わせて、父と子どもの頃の私にしましたが、
この風景は過去のものではありません。
私の描く絵の多くはそのようなもの ―「今」を描いたものです。
けれども多くの方々が絵を見て「なつかしく感じた」と言ってくださいます。
「なつかしい」という言葉は、
慣れ親しむ意味の「なつく」が形容詞化してできたものだそうです。
「慣れ親しみたい」「身近に置いておきたい」「手放したくない」
というような感情表現で用いられたもののようで、
つまりは「幸せな記憶」と結びつくものだと思います。
だからたとえば小さい頃の「幸せな記憶」を思い起こさせる、
そのとき見た風景とよく似た風景を見ると「なつかしく」感じるのでしょう。
けれども、私たちの身のまわりの風景はどんどん変化しています。
私くらいの世代の人々が感じる「なつかしい景色」と、
今の若い世代の人々が感じる「なつかしい景色」は、
きっと違っていることでしょう。
だから「誰にとってもなつかしい景色」などはないと言えるかもしれません。
少なくとも町の様子など、人工的なものについてはそうでしょう。
それでも私は「普遍的ななつかしい景色」ってあるのではないかと思っています。
時代を超えて変化のないもの…それは「光」です。
光と影がもたらす視覚的効果です。
究極の幸せ―宇宙の記憶ともいえる「心のふるさと」=「真我」=「普遍意識」=「神」を思い出させる
「微妙な光と影の効果」を描いていきたいと思います。

  • 2010~2011
  • パステル・紙
  • 27.0×16.0 cm

追憶の道

晩夏の雲

2010年9月4日、
吉野川橋の上にあった夕方の入道雲です。

  • 2010~2011
  • パステル・紙
  • 26.8×17.0 cm

晩夏の雲

たこあげ

2008年2月11日の思い出です。

2011年11月に、徳島新聞社文化部様より、
月一回文化欄に載る「徳島歌壇・俳壇」のイラストを描いてくれませんか、
というお話をいただきました。
印刷はモノクロですが、原画はカラーでもよいとのこと、
季節の絵を描くよい機会にもなるのでお引き受けすることになりました。
この作品は、
単にモノクロにすると、自分のイメージより少し暗い感じになり、
何か違和感がありました。
そこでモノクロ画像を印刷したものに
白のパステルで(手描きで)修正を加えました。
でも、実を言えば、モノクロ画像を参考にして原画をまた手直ししたり、
それを見てまたモノクロ画像に手を加えたり...
ということを何度か繰り返しましたので、
相互に影響を与えあいながら
2つの作品として独立してそれぞれにできあがってきたもの、
とも言えます。

  • 2011
  • パステル,クレヨン・紙
  • 21.0×29.6 cm(A4)

たこあげ

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